小学校の親友と音信不通になった話

こんにちは、もりおです。

 

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今回の記事は少し重めな内容です。
読み終わった後、暗い気分になるかもしれません。

なので、暗い気分になりたくない人は
いったんスルーしてください。

ただ、とても大事な話をしています。

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今回の話は、
わざわざするような話じゃないと思って
今まで出してきませんでした。

 

ただ、やっぱり
僕のブログを読んでくださってる方には
知ってほしいなと思って書くことにしました。

 

今回お伝えしたいのは、
もっと生き急ごうよ!
という話です。

 

「人生は有限だから、時間を大切にしよう。
定年退職して80歳になってからやりたいことをやるより、一番若い今からやりたいことをやった方がいい。

だから、早く自動収益の「仕組み」を作ってお金と時間の両方を手に入れよう。」

 

こんなことを、ブログやメルマガで何度か話しています。

 

 

とはいえ、あなたは

「んー、でも遠回りしてもいいんじゃない?
マイペースでやるよ。それが僕のやり方じゃん?」

って思っていませんか?

 

 

むかしの僕もそうだったんですが、
そのせいで死ぬほど後悔してしまいました。

 

 

ここからは話が重くなるので、
できれば静かな場所で時間を確保して読んでみてください。

 

 

読みやすいように、口語体で書いていきます。

僕には親友がいた

僕は小学校の頃、
ひとりだけ親友がいた。

 

休み時間はいつも2人で遊んでいた。

 

彼はH君という。

 

僕は母親の教育方針で
流行のゲームを買ってもらえなかったし、
お小遣いももらえず買い食いができなかった。

 

だからクラスメイトと馴染めないことも多かったけど
H君はそんな僕とも分け隔てなく仲良くしてくれた。

めちゃくちゃ優しかった。

 

鼻水たらしてぼーっと生きてる僕と違って
H君はどこか大人びていて
本質をついたことを言う子どもだった。

 

たとえばある日、
先生がクラスの皆にお説教をした後の休み時間。

 

「先生って、
なんで学校しか知らないのに
『社会に出たら君たちは~』とか言えるんだろう?」

と、H君が言ったのを覚えている。

 

小学生の僕の中で先生は神にも等しい、
雲の上の権力者だ。

 

その神を、一気に同じ地面まで叩き落し
つばを吐きかけるH君を

「たしかに!お前天才だわ!!!!」

と、尊敬した。

 

H君とはよく一緒にザリガニ釣りをしたり、
ふたりで教室にイタズラをしかけたり、
好きな女の子を教えあったり、沢山遊んだ。

 

そんなH君とは、
中学校で別々の学校に行くことになる。

 

僕は地元の公立中学校にそのまま進学したけど、
H君は私立の一貫校を受験し、
電車で1時間ほどかけて他の市の中学校へ通う道を選んだ。

 

僕たちの地元の公立中学校は、
当時全国ニュースでいじめ報道がされるくらい荒れてたので、

H君の親御さんが子供を守るために
遠く離れた私立へ進ませたのかもしれない。

 

ともかく、
僕とH君は離れ離れになった。

 

とはいっても、
たまに週末遊んだり
メールで近況のやりとりはしてた。

 

学校に不良が多くてうんざりだと愚痴る僕に、

「これ、面白いよ」

と、パソコンやインターネットの世界を
教えてくれたのも、H君だった。

 

高校受験で僕は地元から
100km以上離れた高校へ進学し、

H君はそのままエスカレーターで
中高一貫校に進学したので、高校もまた別々の学校だった。

 

それでも、
夏休みや冬休みといった長期休暇では毎年会って、

学校のこと、
進路のこと、
最近ハマってる漫画なんかを話しあっていた。

 

大学受験でちょっと神経質になってた当時の僕に、
H君は
「これ、読んでみなよ」
と、逆境ナインという漫画をおすすめしてくれたこともあった。

 

その漫画は、
万年1回戦どまりの野球部が甲子園優勝を目指すという内容。

 

読んでみたら
めちゃくちゃおバカで、熱くて、壮大で、
受験で悩んでるのがバカバカしくなってしまった。

 

今でも僕の人生のバイブルになっている。

 

その漫画のおかげもあり僕は受験を乗り越え、
大学はなんと二人とも同じ東北大学へ進学。

 

めちゃくちゃ嬉しかった。

 

お互い入ったサークルも違えば
クラスも違ったので
時に疎遠になったりもしたけど、

 

やっぱり年に2回くらいは会って
鍋をつつきながら大学の悪口を言ったり、
朝までビールを飲んだりした。

 

プログラミングの得意なH君に、
かわりに僕のプログラミングの講義の課題を
やってもらったこともある(もう時効だと信じたい笑)。

 

 

人生でつらいと思った時は
いつもH君に支えられてたし、
いつか恩返ししたいと思っていた。

 

 

具体的には、
お酒が大好きだったから高めの居酒屋でご馳走したり、
ゲームが好きだったからハイスペックパソコンをプレゼントしたり、
何か困ったことがあれば助けてあげかった。

あの時、千葉にいっていたら

大学院を卒業後、お互い就職し
H君は千葉で、僕は神奈川で就職した。

 

1年目、H君の家に遊びにいった時、
H君は同僚の愚痴なんかを言いつつも、元気そうだった。

 

その後、僕は人間関係や仕事で鬱っぽくなり、すぐに会社を退職をした。

そして新潟に戻って転職しWeb制作をしたり、ブログアフィリエイトをしたりと、拠点を新潟に移した。

 

 

お互い住んでる場所が
千葉と新潟なのでもう気軽には会えないけど、

 

毎年、年末のおおみそかの日だけは会うのが、
ふたりの決まり事みたいになっていた。

 

 

年末年始、H君が地元に帰省するタイミングで
地元のサイゼに集まり、
1年間分の世間話とチキンをつまみに、安いワインを飲むのだ。

 

 

 

そんな年が続いた
2018年の12月31日、大晦日。

 

 

いつもみたくサイゼに集まったH君は
なんとなく顔に生気がなく、無精ひげを生やしていた。

 

相変わらず安いサイゼのワインを飲みながら話を聞くと、
どうやら会社を辞めたらしい。

 

「これからどうするの?」
と聞くと、

 

「まぁ、疲れたからバイトとか考えてるよ。」
なんて返ってくる。

 

この時の僕は、
自分自身もブログアフィリエイトに失敗していて
余裕がなく、正直H君のことより自分のことで精一杯だった。

 

なので、

「ふーん。まぁ、会社やめても案外なんとかなるよ」

なんて、気の抜けた返事をしていた。

 

 

H君は元々お酒が好きだったけど、
その日は特にペースが早く、

デカンタ500mlのワインをひとりで
まるっと飲み干して帰っていった。

 

 

それから約半年後、
2019年の7月14日。

 

H君から
TwitterでDMが届いた。

 

「最近どう?」

 

 

僕は珍しいな、なんて思いつつ

「まぁ、ぼちぼち」

とテキトーに返す。

 

 

H君から返信はなかった。

 

 

僕は、ちょうど新しくゲストハウスの仕事を始めた時期。

 

慣れない接客や業務に苦戦していて、
お金も時間も、心の余裕もなかった。

 

だから、H君から返信がなくても
そこまで気にしなかった。

 

 

その2か月後。

 

2019年の9月23日。

 

H君のツイッターは、
「頭と喉が痛い。耳の奥が違和感がある。」
という呟きを最後に、更新されることはなくなった。

 

それまでは、2日に1回はツイートをしていたのに。

 

「あれ?」

とは思ったけど、まぁそんな時もあるかと思った。

 

 

そして、2019年の年末。

 

いつものように、
H君と会う約束のために
メッセージを送った。

 

けど、まったく返信はなかった。

 

ツイッター、LINE、メール。

どれも連絡がつかなかった。

 

 

ここで初めて、
「やってしまった」
と気づいて、

 

ゾワゾワと寒気がつま先から
頭のてっぺんまで全身を駆け巡った。

 

 

気づけば、2020年の1月になっていた。

 

 

結局、年が明けてもH君から返信はこない。

 

 

というか、今も返信はない。

ツイッターの更新も止まったままだ。

 

 

その後、
H君と大学時代に仲良かったグループから

 

どうやら会社を辞める前からストレスで
お酒に頼り、アルコール依存症になっていたこと。

 

心療内科にも通っていたという話を聞いた。

 

お酒を辞めるように言われてたのに、
薬と併用してアルコールを辞められなかったようだった。

 

 

H君は賢かったし、とても優しかったから
色々なものと真正面から向き合おうとしすぎたのかもしれない。

 

世の中の不条理とか、人の悪意とか、自分の弱さなんかと
真面目に、真面目に向き合あって、
それで抱えきれなくなって、お酒を飲んでたんだと思う。

 

 

「2018年の大みそかで、H君の話をもっと聞いていたら」

「なんでTwitterでDMをくれた時、ひとこと『そっちはどう?』って返信をしなかったんだろう」

 

「あの時、すぐにH君に会いに千葉まで飛んでいたら、、、。」

 

 

いままで何度も僕を支えてくれてたのに、
僕はH君に何も返さなかった。返せなかった。

 

 

 

・・・言い訳にしかならないけど、

あの時、僕にお金と、時間と、心の余裕があったら。

 

 

くそ、くそ、

くそくそくそくそくそくそ。

 

 

・・・。

 

 

僕たちはついつい、
「今」がこのままずっと続くと思い込んでしまう。

 

「今日は疲れたから明日でいいよな」
「落ち着いてから、本格的に始めよう」

 

そうやって、1日1日努力しない自分を誤魔化しながら過ごしていく。

 

これは、時間が無くなってる「実感」がないからだと思う。

 

大切な人と「ぷつっ」と連絡がとれなくなったり、
ある日突然、家族が死んだり、
自分が重病になったり。

 

そんなことは永遠に起きないかのように、
日々を過ごしてしまう。

 

 

僕が、退職した後ぐだぐだニートをしたり、
転職をしてたんじゃなくて、

最速で時間とお金、そして心の余裕を手に入れてたら
あの時H君に会いに行ってたんじゃないか?

 

H君と今年もまた
サイゼで笑いあっていたんじゃないか?

 

この後悔があってから、

「いつかやればいっか」とか、「いつか恩返しをしよう」とかじゃ、ダメだと気づいた。

 

だから、
「マイペースでやろう」
なんて思考は消えた。

 

1日でも早く、自由を手に入れる。

 

もちろん、どうしてもモチベーションが下がってビジネスに手がつかない日もあった。
それでも「ビジネスを続けるため」の休みだという感覚でビジネスから離れていた。

 

昔は15分の空き時間があったら
「15分だと中途半端だな。

スマホでYouTube見てリフレッシュして、
夜まとまった時間でブログを書こう」

って思ってたけど、

 

今は

「15分あればリサーチができるじゃん。
いまのうちにブログの構成考えておこう」

って感じ。

 

 

だいたい、
「後でやればいいや」
って言ってるときは、後でもやらない。

 

「いつかやろう」

って言ってる昔の僕には

「いつかって今だよ!!」

って言ってあげたい。

 

 

マイペースにやった結果
お爺ちゃんになってからやっと遊べるようになっても
仕方がないでしょ。

 

恩人が死んでからお金が手に入っても恩返しできないでしょ。

 

だから、最短で自分の力をつけて、時間とお金を手にいれる。

 

僕はビジネスで結果を早く出すために
100万円以上かけて成功してる人から教わったり、
シリコンバレー起業家と会うためだけに
新潟から東京へ行ったりした。

 

1億円あっても、1秒の過去を買うことはできない。

 

もし貯金残高が1秒に1円減り続けたら
慌ててお金を使うと思う。

 

時間は常にこれが起こっている。

 

1秒ずつ、大切な人との時間や
健康でいられる時間が減っていってて
二度と取り戻せない。

 

だから、
これからネットビジネスを始めるとか、
まだ自分の仕組みが出来てないという初心者の人は、

 

僕のような後悔をしないように
遠回りせず、最短で仕組みをつくって欲しい。

 

マジで時間は大事。

 

僕も、
「5年前にこのビジネスを知っていれば」
って思うし、

 

ずっとアドセンスブログとか、
Twitterで稼ぐみたいなノウハウで迷走してた人も
おなじ後悔をしてる人が多い。

 

 

この記事を、
ここまで読んでくれる人はかなり少数だと思う。

ちゃんと読んでくれて本当に感謝してる。

そんなあなただからこそ、時間は本気で大事にして欲しい。

 

 

自分のためにも、
大切な家族や友人のためにも、
本気でビジネスに取り組んで1日、1分、1秒を大事にして欲しい。

 

 

後悔しないように、
この記事を読んだたった今から、すぐに行動していこう。

 

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結構重めの話だったと思いますが、いかがでしたか?

 

 

H君とはもう二度と会えませんが、
あれから2年、
今は場所を選ばず仕事ができるようになりました。

 

なので、
癌のステージ4の母親の希望を叶えるため
平日に釣りに連れて行ってあげたり、

姉の子育てのヘルプのために
0歳の姪っ子の面倒を1週間見てあげるなんてことが
できるようになりました。

 

まだまだ世界中を飛び回りながら
PC1つで稼ぐというのは達成できてないので、
僕も後悔しないよう今日もコツコツと頑張ります。

 

時間を大切にしながら。

 

 


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僕は、
新卒で自動車部品メーカーに入り研究職に配属されました。

 

最初は、給与も安定しているし
福利厚生も良いしいい会社と思っていましたが、


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・愚痴や悪口だらけの飲み会が大嫌い
・大変な思いをするなら個人でしたい
・仕事に全く興味が持てない
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これがあと40年も続くのかと思うと

「絶対にムリ!」

この一言でした。

 

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インターネット上に自動収益の「仕組み」を作りました。

 

 

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